竹下義樹(盲目の弁護士)の妻や子供と学歴(出身高校大学)はどこ?

こんにちは。

日本で初めて全盲で弁護士資格を取得し活躍されている竹下 義樹(たけした よしき)さんをご存じでしょうか。

竹下義樹さんは、司法試験に8度落ちてもあきらめずに弁護士になられたすごい方です。
2020年10月2日放送のNHK「逆転人生」に出演されます。

竹下義樹さんはどういった方なのでしょうか。
この記事では、竹下義樹(盲目の弁護士)の妻や子供と学歴(出身高校大学)はどこ?と題して記載していきたいと思います。

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竹下義樹の妻や子供について

竹下義樹さんは、ご結婚されていて、妻(奥さん)やお子さんがいらっしゃいます。

竹下さんは、奥様とは大学時代のサークルで出会われます。

そのサークルとは点字サークルだったそうです。

奥様のご両親に結婚を反対されたために、駆け落ちのような形でお二人は結婚し、弁護士試験の浪人時代にお子さんが2人うまれています。

お子さんは息子さんが2人いらっしゃるそうです。

8回も司法試験を浪人されていたという竹下さんを、奥さんはずっと支えてこられてきたのでしょうね!

竹下さんは、現在60代なので、お子さんももうとても大きくなられているでしょう。

竹下義樹のプロフィール

名前:竹下 義樹(たけした よしき)

生年月日:1951年2月15日(69歳)

出身地:石川県輪島市

趣味:スキー 登山 岩登り

職業:つくし法律事務所 代表取締役

竹下さんは、1951年のお生まれで石川県輪島市のご出身です。

現在、京都につくし法律事務所をひらき、経営されているのですが、事務所の創設以来、高齢者・障害者・犯罪日被害者など世の中の弱者の方の立場になって活動に取り組んでこられました。

日本弁護士連合会:人権擁護委員会

京都弁護士会:副会長、人権擁護委員会、民暴・非弁取締委員会、高齢者・障害者支援センター運営委員会 

●1997年 第24回点字毎日文化賞

●1989年 京都新聞福祉賞を受賞

経歴

竹下さんは、生まれつき視力が0.1ほどしかなく、悪かったのだそうなのですが、元々は全盲ではありませんでした。

中学校3年生の時に、相撲部に入っていた時にぶつかり稽古によって、外傷網膜剥離を発症して失明してしまいます。

失明をしてからは、盲学校に通って鍼灸マッサージの資格を取得しようと訓練をはじめられます。

しかし弁護士を目指したいと思うようになって、大学受験をし、2浪をして大学に合格。

猛勉強の末にボランティアの方に支えてもらいながら、竹下さんはマッサージのアルバイトをしながら勉強し、1981年、30歳の時に全盲ではじめて司法試験に合格するのです。

合格までに8回試験に落ちているのですが、あきらめなかった竹下さんもすごいですし、支えてこられた奥様もすごいと思います!

1994年には独立してつくし法律事務所を開設、2012年には東京にも事務所を開設せれます。

現在も所長として、活動を続けてこられています。

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竹下義樹の高校や大学は?

出典:https://sa0209ta.com/person/takeshitayoshiki-bengoshi-profile/

竹下さんの学歴をみていきたいと思います。

竹下さんは、中学校3年生から全盲になったために、中学校の途中から、石川県立盲学校理療科に入学。

その後、京都府立盲学校普通科専攻科を経て

大学は龍谷大学法学部を卒業されています。

竹下さんは、ドラマの影響を受けて弁護士になりたいと思ったのですが、進路相談の時に学校の先生からは、はじめ相手にされなかったといいます。

しかし、絶対に意志をまげなかった竹下さんに先生も根負けをして、応援してくれるようになります。

法学部に行くため、高校の基礎から一から勉強をし直して、2浪をして20歳で見事龍谷大学の法学部に入学を果たされるのです。

おわりに

今回は、竹下義樹(盲目の弁護士)の妻や子供と学歴(出身高校大学)はどこ?と題して記載いたしました。

竹下さんが、司法試験の勉強をはじめられた時は、点字の六法全書もない学習環境であったりと課題が山積みだったそうです。

ボランティアの方に、法律書の点訳、録音、勉強の際の直接の読み聞かせなどをしていただくなどして、長きに渡って勉強に励んでこられました。

竹下さんは、「挑戦こそ我が人生」とおっしゃっています。
とても考えさせられる深いお言葉ですね。
これからも応援していきたいと思います。

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